Prologue

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空いたカクテルグラスが立ち並ぶ光景は美しい。

氷が溶けたくないと言って、まだグラスの中で表情を残している。

それまで認識する事が出来なかったのは「心の老廃物」。

最後のお客様が帰り、扉が閉まると、さて、これからが勝負だと言わんばかりに、僕の身体を襲ってくるもの。煙草に火を付け、腕時計を見る。深夜三時。

「さっさと帰るぞー」

トーンの低い声とカランとグラスを洗う音が聞こえる。


気さくで身長が高くルックスも良い、物知りで、何でも的確に仕事の出来る店長。鼻の下に整う上にカールした髭がお似合いだ。

「店長は、この仕事が嫌になったりする事は無いんですか?」

も考えず、聞いてみた。


僕の脳の中で、あっちそっちと行き場を無くしている老廃物達を浄化する一服の時間。

ふー、と煙を吐くと、店長は洗い物を止めて僕より長いロングの煙草に火を付けた。


「嫌な事ばっかりだぜ」


一言そう言うと、ふおーと店長も大きく煙を吐き出し、沢山積み重なった自分のコレクションのCDを流し始める。

今日はマライア・キャリーのファンタジー。


いつもの何気ないこの時間が、気付けば僕は好きになっていた。

いつの間にか赤の他人の「心の老廃物達」は浄化され、ああ、その仕事はそういう問題があるのか、とか、もしくは、女性はとにかく褒められたいんだ、の様な自分に合った形に解釈され、僕の脳の一部にかちん、とインプットされる。そして次の日それを自分なりに、すんと引き出してお客様にアウトプットしていく。そうすると大体の大人の人達には「若いのによく分かってるよね」とか、偶に言われる。

ああ、と思える少しだけ心地良い瞬間。

正直、三年間ここでアルバイトを続けている事に深い理由は無い。


マライア・キャリーが最高のビートに美声を乗せている。

店長も段々と乗ってきて、煙草の火を消しながら、独り言の様に呟く。


「この仕事が嫌でも、辞められないさ。お客さんは常に俺達に会いに来てるからね。その感謝を、常にお酒に込めて出すんだ」